私には、生まれつき右手が肘から先までありません。
「不自由でしょう?」 そう聞かれることがよくあります。
気を使って聞いてくれているのは分かるんですが、
正直に言うと、私はその質問にいつもピンときません。
「不自由じゃないよ。だって、これが私にとっての当たり前だから」
生まれた時からこの身体です。
両手がある感覚を知らない私にとって、
今の状態が私のスタンダード。
比較対象がないのだから、
「何かがない」という欠落感も、
「何かができない」という不便さも、実はそこまで感じていないんです。
だから多くの人が感じる「不自由」の正体は、
身体の問題ではなくて
「他人と同じようにできないこと」への焦りなのかもしれませんね。
自分が自分であることに疑問を持たず、
自分だけの「心地よさ(ease)」を作っていく。
そのために大切にしている7つの視点をお話しします。
1. 私の身体が「世界の基準」
世の中の道具は、両手がある人向けに作られています。
でも、私は「自分が不便だ」とは思いません。
「この道具、私には合わないな」と思うだけです。
主語を「社会」にすると、私はマイノリティになります。
でも、主語を「私」にすれば、私が世界の基準になります。
合わない道具は使わないし、使いやすいように変えてしまう。
自分をシステムに合わせるんじゃなく、
システムを自分用にカスタマイズする。
その発想があるだけで、ストレスは驚くほどなくなります。
2. 「頼る」はコミュニケーションの手段
ビンの蓋が開かないとき、私は自然に「開けて」と頼みます。
それは「私が無力だから」頼むのではありません。
「あなたがやった方が早いから」という、シンプルな役割分担です。
自分一人で抱え込むことが「自立」だと思われがちですが、
得意な人に任せて、空いた手で自分が得意なことをする。
その方がお互いにハッピーで合理的です。
「頼る」ことは、誰かに迷惑をかけることではなく、
チームプレイの始まりだと思います。
3. 「スイッチ」を持つ
私も人間ですから、落ち込むこともイライラすることもあります。
でも、それを身体のせいにはしません。
私には「香り」というスイッチがあります。
キャンドルに火を灯し、その香りを吸い込んで気持ちをフラットに戻す。
自分の機嫌を自分で取る方法は、
たくさん持っていた方がいいです。
それは手が一本でも二本でも変わらない、大人の作法です。
4. 自分だけの「攻略法」を楽しむ
洗濯物をどう干すか、料理をどうこなすか。
私にとってそれは、苦労ではなく「ゲーム」です。
「こうやったらもっとスムーズかも?」
「この道具を使えば片手でもいける」
自分だけの攻略法を見つけた時の快感は、
何にも代えがたいものがあります。
最近は、TikTokのリスナーさん(私実はライブ配信をやってます)に
髪の毛の結び方を教えてもらいました。
絶対にできないと思っていたけど、できるようになったんです。
人と同じやり方じゃなくていい。
自分だけの「正解」を編み出していくプロセスこそが、私の日常の彩りです。
5. 荷物も心も、持ちすぎない
片手で持てる量には限りがあります。
だから私は、本当に好きなもの、必要なものだけを厳選します。
結果として、私の周りには「お気に入り」しか残りません。
それは心も同じ。
他人の評価や、見栄や、嫉妬。
そんな余計な荷物を持っている手は、
私には空いていません。
物理的な制約が、私をシンプルにしてくれました。
これは私の身体がくれたギフトなのかもしれません。
6. 自分のリズムを知る
「大変そうだね」と言われることがありますが、
私は自分のペースで生きているだけです。
周りのスピードに無理に合わせようとするから、息が切れる。
私の心臓が刻むリズムは、私だけのものです。
速くても遅くても、それが今の私の最適解です。
他人と比較して焦るんじゃなく、
「私はこのリズムでいく」と決める。
そう腹を括ると、世界はとても静かで、心地よい場所になります。
7. そのままで、完全である
右腕がないことは、欠損ではありません。
ただ、そういう「形」です。
丸いキャンドルもあれば、四角いキャンドルもあるように、
私は「右手が短い」という形状のデザインで生まれてきました。
だから、何かを足して補おうとは思いません。
今のこの形が、私の完成形だからです。
(でも、かっこいい義手は持っています、今度紹介しますね)
「足りない」なんて思わなくていい。
あなたも、今のそのままで、すでに完全な存在です。
自分だけの形を愛せたとき、
本当の意味での「ease(安らぎ)」が訪れるんだと思いますよ。