New Me, New Life.

生き方は、デザインできる。

生き方は、デザインできる。

生き方って、気づいたらなんとなく決まっていた。そう感じたことがある人は、きっと多いと思う。 学校を出て、就職して、毎日同じ時間に起きて、同じ道を通って、気づいたら今日がある。特に選んだわけじゃないのに、なんとなくこうなっていた。 でも、本当にそうだろうか。     全部、選んでいるのは自分だ よく考えてみると、誰かに決められたわけじゃない。 何時に起きるか。朝に何を飲むか。何を着て出かけるか。誰と過ごすか。何に時間を使うか。何にお金を使うか。 一つひとつは小さな選択だけど、その全部を決めているのは自分だ。誰かに強制されているわけじゃない。 「なんとなく決まっていた」と感じるのは、自分で選んでいるという意識がないだけで、実は毎日無数の選択をしている。     生き方のデザインとは何か デザインと聞くと、何か大きなことをしなきゃいけない気がする。転職するとか、引っ越すとか、ライフスタイルを根本から変えるとか。 でも、そういうことじゃない。 生き方のデザインとは、今日の小さな選択を、誰かの正解じゃなく自分の感覚で決めること。それだけだと思っている。 今日着たい服を着る。好きな道を歩く。気になったカフェに入る。読みたい本を読む。会いたい人に連絡する。 その一つひとつが、自分の生き方をデザインしていく行為だ。     センスのいい部屋は、一日でできない センスのいい部屋って、一日でできない。 気に入ったものを少しずつ揃えて、合わないものを手放して、時間をかけて整えていく。その積み重ねが、その人らしい空間になっていく。 生き方も同じだと思う。   今日の選択が、明日の自分を少し変える。その積み重ねが、一年後の生き方を変える。大きな決断より、毎日の小さな選択の方が、実は生き方に影響していたりする。     誰かの正解を生きなくていい 生き方をデザインする上で、一番大事なことがある。...

生き方は、デザインできる。

生き方って、気づいたらなんとなく決まっていた。そう感じたことがある人は、きっと多いと思う。 学校を出て、就職して、毎日同じ時間に起きて、同じ道を通って、気づいたら今日がある。特に選んだわけじゃないのに、なんとなくこうなっていた。 でも、本当にそうだろうか。     全部、選んでいるのは自分だ よく考えてみると、誰かに決められたわけじゃない。 何時に起きるか。朝に何を飲むか。何を着て出かけるか。誰と過ごすか。何に時間を使うか。何にお金を使うか。 一つひとつは小さな選択だけど、その全部を決めているのは自分だ。誰かに強制されているわけじゃない。 「なんとなく決まっていた」と感じるのは、自分で選んでいるという意識がないだけで、実は毎日無数の選択をしている。     生き方のデザインとは何か デザインと聞くと、何か大きなことをしなきゃいけない気がする。転職するとか、引っ越すとか、ライフスタイルを根本から変えるとか。 でも、そういうことじゃない。 生き方のデザインとは、今日の小さな選択を、誰かの正解じゃなく自分の感覚で決めること。それだけだと思っている。 今日着たい服を着る。好きな道を歩く。気になったカフェに入る。読みたい本を読む。会いたい人に連絡する。 その一つひとつが、自分の生き方をデザインしていく行為だ。     センスのいい部屋は、一日でできない センスのいい部屋って、一日でできない。 気に入ったものを少しずつ揃えて、合わないものを手放して、時間をかけて整えていく。その積み重ねが、その人らしい空間になっていく。 生き方も同じだと思う。   今日の選択が、明日の自分を少し変える。その積み重ねが、一年後の生き方を変える。大きな決断より、毎日の小さな選択の方が、実は生き方に影響していたりする。     誰かの正解を生きなくていい 生き方をデザインする上で、一番大事なことがある。...

自分が一番、自分のロールモデル

自分が一番、自分のロールモデル

6月29日、お台場で開催された「Mrs. SDGs Japan 2026 東京大会」に、ファイナリストとして出場した。 結果は、ベスト4。 正直、結果だけ聞くと「惜しかったね」と言われるかもしれない。でも私の中では、この大会で得たものは順位とは全然違うところにあった。   15cmヒールで気づいたこと この1ヶ月、ウォーキングレッスンに通い、15cmのヒールで真っ直ぐ歩く練習をしてきた。 最初はバランスを取ることも、姿勢を保つことも、全然できなくて。「人と同じようにできるんだろうか」ばかり考えていた気がする。 でも練習を重ねるうちに、気づいたことがある。私が目指すべきは「人と同じ歩き方」じゃなくて、「私が一番美しく歩ける歩き方」だった。 これは人生そのものだなと思った。   スピーチで話したこと 舞台では、右手を隠す人生を辞める決意をしてきたこと、誰もが自己実現できる世の中でいられるように変えていくことを話した。 私は、生まれつき右腕がひじから先がない状態で生まれてきた。子どもの頃は、それを「足りないもの」として見られることが多かったし、自分自身もそう思っていた時期があるし、隠して生きてきた。 でも今は違う。これは欠けているものじゃなくて、私が誰よりも早く「自分でルールを書き換える」ことを学んだ経験だと思っている。世の中が用意した「普通」のテンプレートに自分を合わせようとするのをやめた瞬間から、人生は私のものになった。 不平等って、誰かが意地悪して作っているものばかりじゃない。「普通はこうだよね」という、誰も疑わない前提の積み重ねでできていることが多い。だったら、その前提を一つずつ自分の手で書き換えていくことが、私にできる一番リアルな行動なんだと思う。   SUNNY & GOが伝えたいこと SUNNY & GOの掲げている言葉は「遊ぶように、生きていく」。 これは「何も考えずに気楽に生きよう」という意味じゃない。むしろ逆で、世の中が敷いたレールや「こうあるべき」を一旦脇に置いて、自分で自分のルールを作り直す、という結構本気の話だ。 香りも、古着も、言葉も、すべて「誰かが正解と決めたもの」じゃなくて、「自分にとっての正解」を一緒に探すための道具として作ってきた。 今回の大会で気づいたのは、これは別にブランドだけの話じゃなくて、私自身が一番実験台になっているということ。右腕のことも、15cmヒールのことも、不平等について話すことも、全部同じ一本の線でつながっている。  ...

自分が一番、自分のロールモデル

6月29日、お台場で開催された「Mrs. SDGs Japan 2026 東京大会」に、ファイナリストとして出場した。 結果は、ベスト4。 正直、結果だけ聞くと「惜しかったね」と言われるかもしれない。でも私の中では、この大会で得たものは順位とは全然違うところにあった。   15cmヒールで気づいたこと この1ヶ月、ウォーキングレッスンに通い、15cmのヒールで真っ直ぐ歩く練習をしてきた。 最初はバランスを取ることも、姿勢を保つことも、全然できなくて。「人と同じようにできるんだろうか」ばかり考えていた気がする。 でも練習を重ねるうちに、気づいたことがある。私が目指すべきは「人と同じ歩き方」じゃなくて、「私が一番美しく歩ける歩き方」だった。 これは人生そのものだなと思った。   スピーチで話したこと 舞台では、右手を隠す人生を辞める決意をしてきたこと、誰もが自己実現できる世の中でいられるように変えていくことを話した。 私は、生まれつき右腕がひじから先がない状態で生まれてきた。子どもの頃は、それを「足りないもの」として見られることが多かったし、自分自身もそう思っていた時期があるし、隠して生きてきた。 でも今は違う。これは欠けているものじゃなくて、私が誰よりも早く「自分でルールを書き換える」ことを学んだ経験だと思っている。世の中が用意した「普通」のテンプレートに自分を合わせようとするのをやめた瞬間から、人生は私のものになった。 不平等って、誰かが意地悪して作っているものばかりじゃない。「普通はこうだよね」という、誰も疑わない前提の積み重ねでできていることが多い。だったら、その前提を一つずつ自分の手で書き換えていくことが、私にできる一番リアルな行動なんだと思う。   SUNNY & GOが伝えたいこと SUNNY & GOの掲げている言葉は「遊ぶように、生きていく」。 これは「何も考えずに気楽に生きよう」という意味じゃない。むしろ逆で、世の中が敷いたレールや「こうあるべき」を一旦脇に置いて、自分で自分のルールを作り直す、という結構本気の話だ。 香りも、古着も、言葉も、すべて「誰かが正解と決めたもの」じゃなくて、「自分にとっての正解」を一緒に探すための道具として作ってきた。 今回の大会で気づいたのは、これは別にブランドだけの話じゃなくて、私自身が一番実験台になっているということ。右腕のことも、15cmヒールのことも、不平等について話すことも、全部同じ一本の線でつながっている。  ...

時間の奴隷を、辞める日。

時間の奴隷を、辞める日。

「忙しい」という言葉が口癖になっていたら、それは自分の人生の主導権を、誰かに明け渡している証拠かもしれない。   THE RESOURCE 時間は、消費するものではなく、投資するもの。 私たちは、毎日24時間という限られた軍資金を持って、人生というゲームに参加している。 だけど、多くの大人が「やらなければいけないこと」の処理だけでその大半を使い果たし、夜ベッドに入るときには、空っぽになったエネルギーの抜け殻のようになっている。 他人の期待に応えるための、無駄な時間。誰の記憶にも残らない、なんとなくSNSをスクロールする時間。他軸で生きるためのノイズにエネルギーを奪われ、心が乾いていく。 そんな「時間の浪費」から、そろそろ鮮やかに脱走しませんか。   カレンダーの余白は、新しい私に出会うための投資。 「遊ぶように生きる」とは、ただだらだらと時間を過ごすことではない。むしろ逆だ。自分の直感(自軸)を信じて、心躍る趣味や、まだ見ぬ自分に出会うための自己研鑽に、命の時間を徹底的に「投資」すること。 タイパを競うレースから一歩降りて、あえて手のかかることに没頭してみる。 何時間もかけてスパイスからカレーを煮込んでみたり、 タイの職人の手仕事に想いを馳せながら、古着のラックを旅してみたり、 自分の心と向き合うために、ノートとペンだけを持って夜の散歩に出てみたり。 それは生産性という意味では「無駄」に見えるかもしれない。けれど、その純度の高い無駄な時間にこそ、あなたの人生を上書きする最高のヒントが隠されている。   THE CHOICE 私のエネルギーは、私が決める。 完璧なタイムマネジメントなんて、つまらない。 必要なのは、1分1秒を刻む時計ではなく、自分の心が「YES」と叫ぶ方向を指すコンパスだ。 自分のために、 贅沢に迷子になろう。 エネルギーを奪うだけの時間は、今日を限りに引き算する。そして、自分の細胞が覚醒するような、新しい挑戦に時間を注ぎ込む。 服を着替えるように、香りを纏い変えるように、時間の使い方はいつだって自分の手で上書きできる。 人生という限られた時間を、誰かのための「タスク」で埋めるのか。それとも、自分を悦ばせるための「遊び」で満たすのか。 すべては、今日のあなたの選択から始まります。 LIVE...

時間の奴隷を、辞める日。

「忙しい」という言葉が口癖になっていたら、それは自分の人生の主導権を、誰かに明け渡している証拠かもしれない。   THE RESOURCE 時間は、消費するものではなく、投資するもの。 私たちは、毎日24時間という限られた軍資金を持って、人生というゲームに参加している。 だけど、多くの大人が「やらなければいけないこと」の処理だけでその大半を使い果たし、夜ベッドに入るときには、空っぽになったエネルギーの抜け殻のようになっている。 他人の期待に応えるための、無駄な時間。誰の記憶にも残らない、なんとなくSNSをスクロールする時間。他軸で生きるためのノイズにエネルギーを奪われ、心が乾いていく。 そんな「時間の浪費」から、そろそろ鮮やかに脱走しませんか。   カレンダーの余白は、新しい私に出会うための投資。 「遊ぶように生きる」とは、ただだらだらと時間を過ごすことではない。むしろ逆だ。自分の直感(自軸)を信じて、心躍る趣味や、まだ見ぬ自分に出会うための自己研鑽に、命の時間を徹底的に「投資」すること。 タイパを競うレースから一歩降りて、あえて手のかかることに没頭してみる。 何時間もかけてスパイスからカレーを煮込んでみたり、 タイの職人の手仕事に想いを馳せながら、古着のラックを旅してみたり、 自分の心と向き合うために、ノートとペンだけを持って夜の散歩に出てみたり。 それは生産性という意味では「無駄」に見えるかもしれない。けれど、その純度の高い無駄な時間にこそ、あなたの人生を上書きする最高のヒントが隠されている。   THE CHOICE 私のエネルギーは、私が決める。 完璧なタイムマネジメントなんて、つまらない。 必要なのは、1分1秒を刻む時計ではなく、自分の心が「YES」と叫ぶ方向を指すコンパスだ。 自分のために、 贅沢に迷子になろう。 エネルギーを奪うだけの時間は、今日を限りに引き算する。そして、自分の細胞が覚醒するような、新しい挑戦に時間を注ぎ込む。 服を着替えるように、香りを纏い変えるように、時間の使い方はいつだって自分の手で上書きできる。 人生という限られた時間を、誰かのための「タスク」で埋めるのか。それとも、自分を悦ばせるための「遊び」で満たすのか。 すべては、今日のあなたの選択から始まります。 LIVE...

私が古着を愛する理由。

私が古着を愛する理由。

私は新品の服はほとんど買わない。ときめいたら、買うけれど。 「それ、どこの服?」 そう聞かれるたびに、私の胸の奥で、小さく静かな高鳴りが生まれる。 誰かの「正解」を着こなすつもりはない。 今の世界は、あまりにも「正解」で溢れかえっている。 トレンドの移り変わりに合わせて、綺麗に、効率よく、失敗しないようにパッケージングされた既製品たち。誰もが損をしないために、似たような「らしさ」を買い、似たような「ちゃんとした大人」の仮面を被って、街を歩いている。 タイパや効率、万人受け。そんな他人のルールで作られたレースの中にいると、自分の心の輪郭がどんどん薄くなっていくような気がしてしまう。 だから、私は古着が好き。昔から好き。   誰かが歩いた記憶が、 時を経て、私の「新しさ」になる。 古着のラックをめくる時間は、買い物の効率化とは真逆にある「壮大な宝探し」の時間。何時間探しても、何も見つからない日もある。だけど、ふとした瞬間に、時空を超えて私の直感とバチっと目が合う一着に出会うことがある。服の発するオーラが私の目に飛び込んでくる瞬間がある。 それは、ヨーロッパのどこかの街で誰かが大切に着ていたかもしれない、風合いの育ったシャツ。インドの職人がかつて手仕事で施した、少し歪な刺繍のジャケット。 大量生産のハンガーに並ぶ「誰にでも似合う100点」はいらない。私は、世界にたった一枚しか存在しない「私にしか響かない1着」を見つけ出したい。古着を選ぶことは、誰かの作った正解から、鮮やかに、遊ぶように脱走する行為だと思っている。   いびつさ(傷)こそが、愛おしい。 古着には、傷がある。少し擦り切れた袖口、色が薄くなったデニム、ボタンの掛け替えの跡。 完璧主義な大人は、それを「欠陥」と呼ぶかもしれない。だれど、SUNNY & GOが大切にしているのは、その傷さえも美しさに変えてしまう「wabi-sabi(わびさび)」の精神だ。 完璧なものなんて、 つまらない。 かつて誰かが刻んだ生活の跡、時間の経過という「不可抗力のデザイン」。それがあるからこそ、服に圧倒的な「体温」と「物語」が宿る。それは、傷があるからこそ唯一無二の輝きを放つ、シルバーリングの歪さにどこか似ている。 完璧じゃないから、愛おしい。 その視点を持つことは、そのまま「不器用で、グレーな感情を抱えた今の自分」をまるごと許し、肯定することに直結している。 古着のクローゼットを開けるたび、服たちが私に囁く気がする。「そのままでいいんだよ」と。 過去の鎧を脱いで、今の私を書き換える。 面白いのは、古着は「古着だけで完結しない」ということだ。 何十年も前のヴィンテージのブラウスに、SUNNY &...

私が古着を愛する理由。

私は新品の服はほとんど買わない。ときめいたら、買うけれど。 「それ、どこの服?」 そう聞かれるたびに、私の胸の奥で、小さく静かな高鳴りが生まれる。 誰かの「正解」を着こなすつもりはない。 今の世界は、あまりにも「正解」で溢れかえっている。 トレンドの移り変わりに合わせて、綺麗に、効率よく、失敗しないようにパッケージングされた既製品たち。誰もが損をしないために、似たような「らしさ」を買い、似たような「ちゃんとした大人」の仮面を被って、街を歩いている。 タイパや効率、万人受け。そんな他人のルールで作られたレースの中にいると、自分の心の輪郭がどんどん薄くなっていくような気がしてしまう。 だから、私は古着が好き。昔から好き。   誰かが歩いた記憶が、 時を経て、私の「新しさ」になる。 古着のラックをめくる時間は、買い物の効率化とは真逆にある「壮大な宝探し」の時間。何時間探しても、何も見つからない日もある。だけど、ふとした瞬間に、時空を超えて私の直感とバチっと目が合う一着に出会うことがある。服の発するオーラが私の目に飛び込んでくる瞬間がある。 それは、ヨーロッパのどこかの街で誰かが大切に着ていたかもしれない、風合いの育ったシャツ。インドの職人がかつて手仕事で施した、少し歪な刺繍のジャケット。 大量生産のハンガーに並ぶ「誰にでも似合う100点」はいらない。私は、世界にたった一枚しか存在しない「私にしか響かない1着」を見つけ出したい。古着を選ぶことは、誰かの作った正解から、鮮やかに、遊ぶように脱走する行為だと思っている。   いびつさ(傷)こそが、愛おしい。 古着には、傷がある。少し擦り切れた袖口、色が薄くなったデニム、ボタンの掛け替えの跡。 完璧主義な大人は、それを「欠陥」と呼ぶかもしれない。だれど、SUNNY & GOが大切にしているのは、その傷さえも美しさに変えてしまう「wabi-sabi(わびさび)」の精神だ。 完璧なものなんて、 つまらない。 かつて誰かが刻んだ生活の跡、時間の経過という「不可抗力のデザイン」。それがあるからこそ、服に圧倒的な「体温」と「物語」が宿る。それは、傷があるからこそ唯一無二の輝きを放つ、シルバーリングの歪さにどこか似ている。 完璧じゃないから、愛おしい。 その視点を持つことは、そのまま「不器用で、グレーな感情を抱えた今の自分」をまるごと許し、肯定することに直結している。 古着のクローゼットを開けるたび、服たちが私に囁く気がする。「そのままでいいんだよ」と。 過去の鎧を脱いで、今の私を書き換える。 面白いのは、古着は「古着だけで完結しない」ということだ。 何十年も前のヴィンテージのブラウスに、SUNNY &...

思い立って、大阪に来た。

思い立って、大阪に来た。

昨日思い立って、今日大阪に来た。 特に深い理由はなくてなんとなく、行きたいと思った。それだけで、気づいたら新幹線に乗っていた。こういう動き方が、最近結構好き。 計画を立てすぎると、なんか疲れる。行きたいと思ったときに、行く。そういうのが好き。     1年以上ぶりの、おばあちゃん 大阪に来た一番の理由は、おばあちゃんに会うことだった。 気づいたら、1年以上会っていないと思う。特に理由があったわけじゃない。ただ、日常に流されていたら、そんなに時間が経っていた。 久しぶりに会ったおばあちゃんは、変わらなかった。顔を見た瞬間、なんかほっとした。懐かしいというより、ただいまという感じ。血のつながりって、不思議だなと思う。どれだけ時間が空いても、会った瞬間にその感覚が戻ってくる。 たくさんお話しして、写真撮って。久しぶりに会うからといって、特別な場所に行かなくていい。ただそこにいるだけで、十分だった。 帰り際、また来るねと言ったら、嬉しそうにしてくれた。祖母は90歳以上になる。もっと早く来ればよかったな、と思いながら、次はもう少し早めに来ようと決めた。     偶然やっていた、フリマのこと おばあちゃんの家の近くを歩いていたら、フリマをやっていた。 偶然だった。でも、やっているなら入るしかない。フリマを素通りできる人間じゃないので。 こぢんまりとしたフリマだったけど、掘り出し物があった。スカートを一枚ゲット。一目見て、これだと思った。値段を聞いて、即決した。(もちろん値切った)フリマでの買い物って、いっつもそう。迷う時間がない。直感で動く。 思い返してみると、最近スカートをよく買っている気がする。先日の幕張のフリマでも買ったし、SUNNY & GOでも仕入れたし。スカートにハマっているのかもしれない。自分でも気づいていなかったけど、気が向く方へ動いていたら、そうなるもんですねぇ。 好きなものって、意識しなくても引き寄せられていくんだなと思う。     思い立って動くと、いいことがある 今回の大阪、事前に計画していたことは何もなかった。 思い立って新幹線に乗って、おばあちゃんに会って、偶然フリマに出会った。なんか満たされた一日になった。 計画していないから、予想外のことが起きる。予想外のことが起きるから、面白い。フリマだってそうだし。 遊ぶように生きるって、こういうことかもしれない。全部を決めすぎない。気が向いたら動く。そこで出会ったものを、素直に楽しむ。 思い立って動くと、いいことがある。そう信じているから、また思い立ったら動く。次はどこに行こうかな。  ...

思い立って、大阪に来た。

昨日思い立って、今日大阪に来た。 特に深い理由はなくてなんとなく、行きたいと思った。それだけで、気づいたら新幹線に乗っていた。こういう動き方が、最近結構好き。 計画を立てすぎると、なんか疲れる。行きたいと思ったときに、行く。そういうのが好き。     1年以上ぶりの、おばあちゃん 大阪に来た一番の理由は、おばあちゃんに会うことだった。 気づいたら、1年以上会っていないと思う。特に理由があったわけじゃない。ただ、日常に流されていたら、そんなに時間が経っていた。 久しぶりに会ったおばあちゃんは、変わらなかった。顔を見た瞬間、なんかほっとした。懐かしいというより、ただいまという感じ。血のつながりって、不思議だなと思う。どれだけ時間が空いても、会った瞬間にその感覚が戻ってくる。 たくさんお話しして、写真撮って。久しぶりに会うからといって、特別な場所に行かなくていい。ただそこにいるだけで、十分だった。 帰り際、また来るねと言ったら、嬉しそうにしてくれた。祖母は90歳以上になる。もっと早く来ればよかったな、と思いながら、次はもう少し早めに来ようと決めた。     偶然やっていた、フリマのこと おばあちゃんの家の近くを歩いていたら、フリマをやっていた。 偶然だった。でも、やっているなら入るしかない。フリマを素通りできる人間じゃないので。 こぢんまりとしたフリマだったけど、掘り出し物があった。スカートを一枚ゲット。一目見て、これだと思った。値段を聞いて、即決した。(もちろん値切った)フリマでの買い物って、いっつもそう。迷う時間がない。直感で動く。 思い返してみると、最近スカートをよく買っている気がする。先日の幕張のフリマでも買ったし、SUNNY & GOでも仕入れたし。スカートにハマっているのかもしれない。自分でも気づいていなかったけど、気が向く方へ動いていたら、そうなるもんですねぇ。 好きなものって、意識しなくても引き寄せられていくんだなと思う。     思い立って動くと、いいことがある 今回の大阪、事前に計画していたことは何もなかった。 思い立って新幹線に乗って、おばあちゃんに会って、偶然フリマに出会った。なんか満たされた一日になった。 計画していないから、予想外のことが起きる。予想外のことが起きるから、面白い。フリマだってそうだし。 遊ぶように生きるって、こういうことかもしれない。全部を決めすぎない。気が向いたら動く。そこで出会ったものを、素直に楽しむ。 思い立って動くと、いいことがある。そう信じているから、また思い立ったら動く。次はどこに行こうかな。  ...

文句を言う人が、なぜ損をするのか。

文句を言う人が、なぜ損をするのか。

文句を言う人が、苦手。 でも正直に言うと、昔の私もその一人だった。 会社員だった頃、職場への不満をこぼしていたら、先輩にこう言われたことがあって。 「自分で選んだ会社でしょう?」 その一言に、ぐうの音も出なかった。反論しようとしたけれど、言葉が出てこない。そうだ、誰かに強制されたわけじゃない。自分の意志でここを選んだ。その事実が、するりと胸に落ちた瞬間だった。 それから、文句を言う回数が激減した。文句、グチはゼロにはならないけど、「また文句を言いそうだ」と気づいた瞬間、あの先輩の声が頭をよぎるようになった。     文句の正体を、考えてみた。 なぜ人は文句を言うのか。怒っているから?不満があるから?それも一つの答えだけど、もっと根っこを掘り下げると、こう思う。 安心したいから。 文句を言うことで、自分は悪くないと確認できる。状況のせいにすることで、心が少し楽になる。「私が悪いんじゃない、環境が悪い」——そう思えたら、一瞬だけ安堵できる。 でも、それだけじゃない。文句の裏には、もう一つの構造がある。 自主性の欠如。 文句を言っている人は、たいてい「誰かがなんとかしてくれるはず」と思っている。 会社が変わってくれるはず。 上司が気づいてくれるはず。 社会が動いてくれるはず。 自分は客席に座ったまま、舞台の演出に文句をつけている。でも、舞台に上がる気はない。 これを私は「お客さま思考」と呼んでいる。     偏見も、お客さま思考では変わらない。 私は生まれつき右腕がない。そのことを発信しているのは、世の中から障害への偏見をなくしたいから。 だって「偏見がなくなったらいいな」と祈っているだけでは、何も変わらない。「社会が変わってくれたらいいな」と願い続けることは、舞台の演出に文句をつけながら客席を離れない人と、構造的にまったく同じだ。 変えたいなら、動くしかない。自分が発信し、自分の存在を見せ続け、自分がその変化の起点になるしかない。誰かがやってくれるのを待つのではなく、自分がその「誰か」になること。 偏見と闘う最も静かで、最も強い方法は、自分の人生を丁寧に、堂々と生きることだと思っている。文句ではなく、存在で、語る。     お客さま思考から抜け出す唯一の方法。...

文句を言う人が、なぜ損をするのか。

文句を言う人が、苦手。 でも正直に言うと、昔の私もその一人だった。 会社員だった頃、職場への不満をこぼしていたら、先輩にこう言われたことがあって。 「自分で選んだ会社でしょう?」 その一言に、ぐうの音も出なかった。反論しようとしたけれど、言葉が出てこない。そうだ、誰かに強制されたわけじゃない。自分の意志でここを選んだ。その事実が、するりと胸に落ちた瞬間だった。 それから、文句を言う回数が激減した。文句、グチはゼロにはならないけど、「また文句を言いそうだ」と気づいた瞬間、あの先輩の声が頭をよぎるようになった。     文句の正体を、考えてみた。 なぜ人は文句を言うのか。怒っているから?不満があるから?それも一つの答えだけど、もっと根っこを掘り下げると、こう思う。 安心したいから。 文句を言うことで、自分は悪くないと確認できる。状況のせいにすることで、心が少し楽になる。「私が悪いんじゃない、環境が悪い」——そう思えたら、一瞬だけ安堵できる。 でも、それだけじゃない。文句の裏には、もう一つの構造がある。 自主性の欠如。 文句を言っている人は、たいてい「誰かがなんとかしてくれるはず」と思っている。 会社が変わってくれるはず。 上司が気づいてくれるはず。 社会が動いてくれるはず。 自分は客席に座ったまま、舞台の演出に文句をつけている。でも、舞台に上がる気はない。 これを私は「お客さま思考」と呼んでいる。     偏見も、お客さま思考では変わらない。 私は生まれつき右腕がない。そのことを発信しているのは、世の中から障害への偏見をなくしたいから。 だって「偏見がなくなったらいいな」と祈っているだけでは、何も変わらない。「社会が変わってくれたらいいな」と願い続けることは、舞台の演出に文句をつけながら客席を離れない人と、構造的にまったく同じだ。 変えたいなら、動くしかない。自分が発信し、自分の存在を見せ続け、自分がその変化の起点になるしかない。誰かがやってくれるのを待つのではなく、自分がその「誰か」になること。 偏見と闘う最も静かで、最も強い方法は、自分の人生を丁寧に、堂々と生きることだと思っている。文句ではなく、存在で、語る。     お客さま思考から抜け出す唯一の方法。...