20代のころ、私の両手はいつも荷物でいっぱいでした。
誰かに嫌われないための愛想笑い。
「いい歳なんだから」という世間の目。
そして、自信のなさを隠すように買い集めていた、
ハイブランドのバッグや服。
手放すのが怖くて、抱え込みすぎて、
気づけば息の吸い方すら浅くなっていた気がします。
でも、30代を迎えて少しずつ気づき始めました。
人生を身軽に、面白がって生きていくために本当に必要だったのは、
「足すこと」ではなく「引くこと」だったんだと。
私が思い切って手放して、
心底「自由になった」と感じた3つのことをお話しします。
01. 「誰にでもいい顔をする」人間関係
昔は、誘われたら断れない性格でした。
気が進まない集まりでも、「行かないと輪から外されるかも」
「ノリが悪いと思われたくない」と、無理に予定を詰め込んで。
帰りの電車の中、どっと押し寄せる疲労感。
何が楽しかったのかも思い出せないのに、
スマホを眺めながら一人で反省会を開く夜ばかりでした。
ある時、ふとノートに書き出してみたんです。
「今日、私は誰のために笑っていたんだろう?」と。
紙の上に並んだ言葉を見て、ハッとしました。
そこに「自分の意志」はひとつもなかったから。
思い切って、無理して合わせる人間関係から
静かにフェードアウトしました。
「断ったら嫌われるかも」という心配は驚くほど杞憂で、
去っていく人は最初からその程度の縁だっただけ。
人間関係のスペースを空けたことで、
本当に大切にしたい少数の人たちと、
そして何より「自分自身と過ごす時間」を愛せるようになりました。
02. 「自信のなさを埋めるための」ブランド品と見栄
20代の私は、ブランドものが大好きでした。
ロゴの入ったバッグを持ち、流行りの服を着て、
外見を着飾ることに必死だった。
でも、今振り返ると、あれは「服が好き」というよりも
「自信のなさを隠すための鎧」だったんだと思います。
中身が空っぽなのがバレるのが怖くて、
高価なものを身にまとうことで、自分を大きく見せようとしていた。
けれど、どれだけ買っても不安は消えなくて、
カードの明細を見るたびにため息をついていました。
30代になって、ふと「もう、この鎧いらないな」と
思える瞬間がやってきました。
他人の目を気にして選ぶのをやめ、クローゼットを整理して。
手元に残したのは、誰かの基準ではなく
「自分の肌や呼吸にしっくりくるもの」だけ。
何年も着倒した味のある古着、傷さえ愛おしいシルバーリング、
ふとした瞬間に自分を落ち着かせてくれる香り。
背伸びするのをやめて、等身大の自分でいられるようになったとき、
20代の頃よりずっと自分のことが好きになれました。
03. 「完璧な自分」でいようとすること
「ちゃんとしなきゃいけない」
これが、私をいちばん苦しめていた呪いだったかもしれません。
弱音を吐いてはいけない。
仕事もプライベートも抜かりなくこなす、
自立した素敵な女性でいなきゃいけない。
でも、そんな完璧な人間、どこにもいませんよね。
ある日、疲れ果てて散らかった部屋の真ん中で
「もう無理!」と声に出して、そのままベッドに倒れ込みました。
次の日の朝、世界は何事もなかったかのように回っていて、
「あ、完璧じゃなくても死なないんだ」と肩の力が抜けました。
ダメな日があってもいい。
感情がドロドロして、ノートに愚痴を殴り書きする夜があってもいい。
不完全な自分をそのまま許してあげられるようになってから、
ようやく自分の人生を「遊ぶ」余裕が生まれた気がします。
手放したあとに残った、いちばん大切なもの
両手に抱え込んでいた荷物を地面に下ろしてみたら、
手元には驚くほどすき間ができました。
でも、そのすき間があるからこそ、
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ふらっと旅に出る身軽さ
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お気に入りの香りに深く息を吸い込む瞬間
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本当に好きなものだけに囲まれる心地よさ
そういった、自分の心を本当に動かす「ときめき」を
新しく拾い上げることができるようになりました。
もし今、何かに息苦しさを感じているなら。
新しく何かを頑張って足す前に、
「もうこれ、手放してもいいんじゃない?」と、
ノートを開いて自分に問いかけてみてください。
手放すことは、諦めることじゃない。
自分らしく生きるスペースをつくるための、最高のアクションです。